2011年4月29日金曜日

東海道五十三次をツーリング43(四日市-石薬師)

 44番目の宿です。ついにカウントダウンです。あともう少しでゴールの京都だなぁ・・・・
 今日は余裕だなぁ・・・・
 のんびり行くかなぁ

なんて考えてました。
国道からそれて国道をまたいで坂を下った所にあるのが石薬師寺です。
ひっそりとした寺ですが、726年の創建なので、かなり歴史のある寺ですが・・・・
そんな事感じられないほど地味です。












2011年3月31日9時45分着
四日市から12.1km

東海道五十三次をツーリング42(桑名-四日市)

三重県四日市に入りました。
東海道五十三次について、何ら勉強もしないまま行きあたりの突撃気分でのツーリングだったので、愛知の次は滋賀県かと思いきや、三重県鈴鹿経由なんですねー・・・・

さて、四日市宿の絵の場所は三滝川に架かる橋らしいので、国道1号の四日市橋から撮影です。












2011年3月31日9時24分到着
桑名から13.5km

2011年4月24日日曜日

東海道五十三次をツーリング41(宮-桑名)

熱田神宮から次の目的地の桑名まで、なんと25kmほどあります。
かなり遠い・・・・
しかも、長良川を渡りました。
事前に地図を見てれば、今日はどこそこの近く行く・・・とか、どんな川を渡る・・・・なんて知識があるんでしょうが、基本、ナビ任せ・・・・
そのナビも動作不安定で、たまに勝手に電源落ちちゃうし・・・・
不安なツーリングなんですが、「長良川」って看板見た時は感激しました。
あと、長良川ってこんな所にあるんだぁ・・・・
っていうのも率直な感想。
でも、長良川を渡る橋「伊勢大橋」は、今回の東海道五十三次をツーリングした中で、一番好きな橋でした。


















桑名宿は宮宿から渡し船で4時間の旅だったそうです。
木曽川に長良川という二つの大河があるから、それも納得です。












2011年3月31日8時50分桑名着
熱田神宮から24.6km

東海道五十三次をツーリング40(宮宿)熱田神宮

 名古屋のホテルを7時40分に出発し、熱田神宮に到着したのが7時55分。
朝早くから神社参拝すると身も引き締まります。^^
熱田神宮は昔から訪れてみたいと思っていた神社でした。
だけど、わざわざ熱田神宮だけのために名古屋に行くのもなぁ・・・・
と敬遠していたのですが、今回、このツーリング企画のおかげで念願かないました。
 
熱田神宮は、三種の神器の一つ「草薙の剣」を祀る神社です。
もともと伊勢神宮に祀られていた「三種の神器」。
天武天皇の病が草薙の剣の祟りだという神託により、剣を熱田神宮に祀るようになったのですが、天皇がなぜ自らの宝である三種の神器の祟りにあい、神器の一つを熱田に移したのか??
草薙の剣はそもそも出雲系の神のモノであったこと・・・・・
などなど考えると面白いネタは山盛りですが
 
今回はツーリングがメインなのでそのへんの話は省略しときます。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
さて
広重絵の熱田神宮には、かつて行われていた「馬の塔」という神事の様子が描かれています。
東海道最大の宿場であった宮宿。いまも名古屋は大都市ですが、その当時はかなり賑わっていたんでしょうねぇ・・・・・
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

2011年4月23日土曜日

東海道五十三次をツーリング39(知立-鳴海)

 ツーリング二日目の最後の宿場は鳴海宿です。
 有松絞りで有名なところで、広重絵も「有松絞」のお店が描かれています。

 が

 この場所が何処なのか分かりませんでした。
 今、これを書いてる時点だったら何処なのか分かります。鳴海よりもずいぶん手前でした。
 鳴海の町をうろうろ歩き



本陣跡をみつけ・・・・

裏路地を歩き



















猫屋敷をみつけたのに

場所が違っていたため
目的のモノは得られず
断念











すっかり暗くなってきたので本日の旅は終了
2011年3月30日18時鳴海着

知立から14km

その後、19時に名古屋のホテルに着き、近所の居酒屋に行き名古屋コーチンを食べ1時に就寝。


東海道五十三次をツーリング38(岡崎-知立)

 今回の東海道五十三次のツーリングでどうにも場所が分からなかった箇所っていうのがいくつかありますが、この知立も場所が分からず断念した所です。

広重絵には馬市がひらかれているわけですが、このモデルとなった場所があるらしいのですが、それが分からない。
並木を発見して辺りをキョロキョロするが、馬の像が見つからない。
またバイク乗って牛田のあたりをうろうろ
知立中学のあたりをうろうろ

かなり時間を無駄にした挙句に見つからず断念しました。
やはり、旅に出る前に、ちゃんと下調べしとけば良かった・・・・・

前日に適当に調べて、あとはなんとかなるさぁ・・・・
で旅立ってしまった事が悔やまれます。













2011年3月30日17時15分知立着
岡崎から15km


東海道五十三次をツーリング37(藤川-岡崎)

いよいよ岡崎に到着です。
ここまで来ると名古屋まであと一息です。バイクなんだから楽でしょ?
と思うかもしれませんが、一日20か所まわって、その都度メット脱いで・・・・
なんてやってると面倒くさいったらありゃしないです。
でも、一度体験すると
次は3泊4日で今回の10倍面白いツーリングやれる企画あるから、何処かの出版社さん出資してくれないかなぁ・・・・・
なんて思ったりもします。
自分の趣味で東海道五十三次ツーリングはもうやりたくないです。仕事なら割り切れますw













2011年3月30日16時27分岡崎着
藤川から10.5km

広重絵に岡崎城が描かれていますが、写真でいうと、左端に緑がある部分が城のある岡崎公園です。

東海道五十三次をツーリング36(赤坂-藤川)

 藤川宿の広重絵は「棒鼻ノ図」です。棒鼻とは、宿場の境界を示すもので、西と東両方に作られています。
 藤川の町には、この棒鼻が二つとも再現されています。

 









写真は東棒鼻です。

2011年3月30日16時03分着

赤坂から9.7km

東海道五十三次をツーリング35(御油-赤坂)

御油から赤坂は駅でいうと1駅分。2km弱です。
ここには1649年に創業した大橋屋という旅籠があり、広重絵もここをモデルにしたらしいです。











僕は中に入らず表から宿屋の写真を撮ったのですが・・・・
なぜか写真が消えていたので、その界隈で撮った赤坂駅の写真で代替え。

2011年3月30日15時49分到着。
御油から1.9km

東海道五十三次をツーリング34(吉田-御油)

16時近くになってくると、ぼちぼち陽が傾き西日となる。本日の最終目的地は名古屋ですが、愛知県に入ったので、もうすぐ名古屋なんだろう
だけど西日になって、目に見えて時間がないのが分かるので焦りも感じる。

御油は特にバイクから降りることなく町並みを写真に撮って撤収です。












吉田から12.2km
2011年3月30日15時42分着

東海道五十三次をツーリング33(二川-吉田)

吉田宿で広重絵に描かれているのは吉田城である。
まぁ城が目印なので目的地としては楽な方なのだが、楽ゆえにうっかりしてると大変な事になる。
豊橋公園内の駐車場にバイクを停めたのですが、公園の中の何処に城跡があるのか見失ってしまい、公園の木々に方向感覚も分からなくなっておろおろしている所に父子連れに遭遇したので
「城どこですか!!」と問い詰めて、ようやく到着。
1分の余裕も無い旅だと、結果的に迷った時間なんて1分足らずなのに、かなり焦ってしまう。
こんな旅は楽しくないと思います・・・・・・
ゆとりは大事ですね。











尚、広重絵に描かれている吉田大橋と、写真に写る吉田大橋は別物で、昔の吉田大橋は現在の「豊橋」だそうです。

2011年3月30日15時12分到着
二川から8km

2011年4月19日火曜日

東海道五十三次をツーリング32(白須賀-二川)

二川宿本陣は、二川宿本陣資料館として復元され現存しています。
裏手を新幹線が走り、過去は歩いていたのに現在はココから東京まで1時間ちょいだもんなぁ

東海道の今昔を感じさせられます。
そんな二川宿本陣資料館には東海道五十三次の資料が豊富にあるらしいのですが
ココもまた時間がないので見学せずに通過です。











2011年3月30日14時44分着
白須賀から7.8km
このペースで行くと、名古屋に着くの19時過ぎるかも・・・・・
と、かなり焦る。

東海道五十三次をツーリング31(新居-白須賀)

白須賀は坂を登り高台にあります。
もともとは海の側にあったのが、地震と津波により被害に遭い、高台に移動したのだとか












2011年3月30日14時28分着
新居から7km

東海道五十三次をツーリング30(舞阪-新居)

舞阪から新居まではそんなに距離はなく、順調に進むと10分くらいのはずですが、何か新居弁天の方に行ってしまい、道に迷い迷って時間をロスし、たどり着いたのが2011年3月30日14時13分。
舞阪から5kmです。












なお、これからしばらく名古屋に着くまでに何度も道に迷います。

東海道五十三次をツーリング29(浜松-舞阪)

浜松城から浜名湖へ
浜名湖着いたらうなぎ喰うぞ・・・・

うなぎ嫌いなくせに、空腹のために考えることは食べることばかり。










浜名湖の弁天島に大きい建物があったので、ホテルかと思いきや、マンションも隣接していて、ホテルもなんか入りにくそうなオーラが漂っていて、さらに食堂があったので入ろうとしたら「本日定休」
って張り紙してて、結局浜名湖でうなぎを食べることもなく
2011年3月30日13時44分に到着し、弁天島から写真を撮って、とっとと撤収。

浜松から14.5km

2011年4月17日日曜日

東海道五十三次をツーリング28(見附-浜松)

天竜川を渡ってしばらく行くと浜松駅前へ
わりと都会っぽいのでココで昼食にしよう・・・・
と思ってみたが、すでに13時近いのにまだ静岡県・・・・・
って日没までに名古屋・・・・
が今日の目的なので、余裕かましてランチしてる場合じゃない!!

自分に喝を入れ
だからと言って広重絵の浜松宿がいったい何なのか分からず
「出世城」の別名ついた「浜松城」を見たことなかったので、天守閣を撮影。












桜満開にはもう少しですが、桜もちらほら咲き、お花見してる人もいて、のどかな日でした。

2011年3月30日12時56分着。
見附から9km

東海道五十三次をツーリング27(袋井-見附)

見附というのは、京都から東海道を歩いてきた人が、最初に富士山を見付けたから・・・・
という意味らしいです。
広重絵に描かれているのは「天竜川」です。
天竜川は大井川に劣らないほどの大きい川で、竜の名がつくくらいだから、昔はかなり荒れる川だったと思うのですが、広重絵には、とても穏やかな川の絵が描かれています。












2011年3月30日12時34分着

東海道五十三次をツーリング26(掛川-袋井)

袋井宿は五十三次の中の27番目
ってことで、ちょうど真ん中にあたるわけです。

・・・・・まだ真ん中かよ・・・・
っていうのが、ココに来た時の最初の感想。
しかもちょうど12時に到着。
名古屋まで今日中に行く予定なんですが、間に合う気がしない・・・・

そんなわけで、ろくに散策もせずに東海道から写真を撮り撤収いたしましたが、何だか広重絵に描かれてる茶屋のような「どまんなか茶屋」というものが袋井宿にあるようなので、行ってみてください。













2011年3月30日12時着。
掛川から7.8km

東海道五十三次をツーリング25(日坂-掛川)

久延寺から国道1号に戻り、ここで今回のツーリング初のガソリン補給。
293km走って10リッター弱給油なので、リッター30kmくらい走ったことになる。
高速だとリッター20kmくらいなので、さすが下道をノンビリ走る方が燃費がいいなぁ・・・・
普通は高速の方が燃費良くなるのに・・・・・・^^;













掛川宿
2011年3月30日11時47分着
日坂から11.2km

東海道五十三次をツーリング24(金谷-日坂)

金谷から日坂へ
国道バイパスを走っていたら


















突然「茶」の文字があらわれ驚く。
忘れていたが、静岡県は茶の産地でした。
しかし、日坂宿の目的地、「久延寺」に行く際、国道からはずれ農道みたいな道を登っていくのだが、その際、一面茶畑が広がる風景を眺めると感動です。

















久延寺には伝説「小夜の中山夜泣石」の石があります。
小夜の中山夜泣石とは、広重の絵にも描かれていますが、道路の真ん中に石があり、それを旅人が見ている図のモデルの石です。
これは
お石という妊婦が帰り道にお腹が痛くなり、苦しんでいる所に轟業右衛門という男が通りがかり、お石を介抱していたが、お石がお金を持っていることを知ると、お石を殺して金を奪い逃げ去った。
しかし、何とかお腹の子供だけは助かり、久延寺の住職に育てられたが
たまたまあった丸石に、お石の魂が乗り移り、毎夜毎夜と石が泣き、誰いうとなく「夜泣石」と呼ばれるようになったとか・・・・
その後、子供は轟業右衛門を見つけ、かたき討ちを果たす・・・・
という結末なんですが

まぁ、つまり、夜になるとこの辺りは真っ暗になっておっかない場所なんだろうなぁ・・・・
というのは、今でも分かります。
だって茶畑しかありませんから・・・・・
今でこそ国道バイパスが山と山の間を走ってますが、昔は小夜の中山と呼ばれる峠道を越えないといけなかったんでしょうね・・・・・











↓↓これが道の真ん中にあったら邪魔ってことで、寺に移された゛「夜泣き石」です



















2011年3月30日11時に着。
金谷から7.2km

東海道五十三次をツーリング23(島田-金谷)

東海道五十三次を二泊三日でツーリングする計画をたてたものの、しっかり時間計算してるわけでもなく、だいたいこんなもんかな??
な、適当なツーリングで行ったため、実際やってみると
ぜんぜん時間足りない・・・・
ってことになり、一つの宿場をちゃんと見る時間の余裕がなかったわけです。
なので
今後、同じく東海道五十三次をツーリングしてみよう。
って方が現れた際に、少しでも役に立とう、という思いからブログを作り、迷わないために地図も載せ、わしわし書いているわけですが、一つ言っておくと、三泊四日がいいと思います。^^
二泊三日はキツいです。












さて、金谷は川を渡って反対側なので、距離も島田から2kmほど
2011年3月30日10時47分着

2011年4月16日土曜日

東海道五十三次をツーリング22(藤枝-島田)

「箱根八里は馬でも越すが、越すに越されぬ大井川」と歌われるほど、当時の人にはもっとも難所だった場所にある島田宿。
広重の絵は上空から見た俯瞰図になってます。現在は普通に橋が架かっていて、簡単に渡れますが、昔は渡るのに一カ月待った事もあったとか・・・・












しかし、何度も川を渡り、川の写真を撮っていると、これより川幅の広い川あったような気もしてくるのですが・・・・・・・

2011年3月30日10時35分。藤枝から11.3km

東海道五十三次をツーリング21(岡部-藤枝)

 藤枝宿は昔は大きな宿場町であり、現在も長く商店街が連なっていて、広重絵では「問屋場」が描かれており、現在は「上伝馬町交番」になっているので、目印としては簡単に見つかるものだと思っていたら、なかなか発見出来ず、上伝馬町交番より東に位置する交番で「上伝馬町交番はどこですか?」と訊いて、ようやく発見したわけです。
 2011年3月30日10時13分。岡部から8.5km



2011年4月9日土曜日

東海道五十三次をツーリング20(鞠子-岡部)

 鞠子も岡部もずいぶんと山の中を走るなぁ・・・なんて思っていたが、ブログを書くにあたり実際地図を見ると、そんなに山の中ってほどでもない。
 ただし、岡部に行く途中に峠があったらしく、今は長いトンネルが出来ている。
 鞠子から7km走り、2011年3月30日9時40分に岡部に到着。
 実はこの頃からバイクに付けているナビの調子がすこぶる悪く、バッテリーからコードひっぱってメーター部にナビを吸盤で取り付けて使用していたのですが、電源供給で出来なくなり、内蔵バッテリーでしか動かなくなった。
 つまり、コードつなげていても、ナビ本体が認識しなくなったようだ。
 でも、たまにコード接続を認識するので
 たぶん、本体内部のどこかが壊れ、接触不良なんだろうけど、ナビが壊れると、地図を持ってきていない旅なので、東海道五十三次の旅が終わってしまう。
 大型量販店があれば、そこで新しいナビ買おうかなぁ・・・・
 なんて考えながら走っているが、この辺りにそんな便利なモノはなさそうだ。












しばらくはだましだまし走行 

東海道五十三次をツーリング19(府中-鞠子)

 安倍川を渡って4kmほど走ると、鞠子の丁子屋に到着。(2011年3月30日9時12分)
 残念な事にこの日は定休日らしく、名物のとろろ汁はいただくことは出来なかったが、それでも広重の絵でも描かれている丁子屋を見る事が出来ただけで満足。











まぁ、実際のところ、朝食たべて来たので開いていたところで、とろろ汁を食べはしなかったと思います。

2011年4月8日金曜日

東海道五十三次をツーリング18(江尻-府中)

 清水で一泊した次の日は、江尻(清水港)から三保松原を観光して府中宿へ

 2011年3月30日7時36分に清水港に到着して港から見える三保の松原方面を撮影。



 







それからすぐに三保の松原へ

清水港から6kmで有名な天女伝説の「羽衣の松」を見て


















残念ながらこの朝も三保の松原から富士山を拝むことが出来ず、とっとと撤収。

8時57分に広重の府中宿の絵と同じ場所であろう安倍川に行き撮影。(三保松原から18.5km)












朝の通勤ラッシュの時間帯で道路が混んでいました。

2011年4月4日月曜日

東海道五十三次をツーリング17(由比-興津)

 薩垂峠を下り、2kmほど行くと興津に到着
 2011年3月29日18時7分
 日没なので、これが今日最後です。
 興津川に架かる橋から撮影。



 







撮影を終えると清水駅近くにあるホテルへ
とりあえず旅に出る前に清水にあるビジネスホテルだけは予約をいれていた。
テンポよく行けば、次の宿泊地はもう京都かなぁ・・・・
なんて考えていたが、初日を終えて実際行動してみると、翌日に京都まではどうにも行ける気がしない。
ということで
名古屋のビジネスホテルに予約を入れたが
それすら危ない気がする。
明日は早起きしないと・・・・・

と、その前にせっかく清水に来たので、美味しい魚を食べよう・・・
居酒屋に入り、刺身の盛り合わせなどを頼み、ネットで明日の下調べをして0時半に就寝。




東海道五十三次をツーリング16(蒲原-由比)

 日本橋を出発して16か所目の由比。
 二泊三日で京都まで行く計画の初日一番行きたかった所が、この由比にある薩垂峠。
 いろんな所でこの薩垂峠の写真を見て、富士山をバックに国道、東海道線が峠と海の間の狭い所を走る構図は、まさに日本の大動脈を象徴していて、一度でいいからこの場所に行ってみたかったのです。
 由比の海と山の間の狭い場所にある漁村を走り



 
 















薩垂峠→
の看板通りに行くと
「こんな所のぼるんですか?」
と、バイクで登るの一瞬ためらうような坂道を上っていくと峠の展望台に到着。

蒲原から9km
2011年3月29日17時10分到着











しかし、当然の事ながら、これまで一度も富士山が見えなかっただけに、日が沈みかけてもスッキリ富士山を拝む事は出来ず。
かろうじて富士山が見えるだけでもありがたいのですが
一番行きたかった場所だけに、何とかして富士山の美しい写真を撮りたい。
そんな思いから、この峠で一時間粘るも、やはり富士山はキレイに見えず
無念のまま下山。

泣きながら今日最後の次の目的地へ向かいます。

東海道五十三次をツーリング15(吉原-蒲原)

 吉原から蒲原へ向かう途中、有名な富士川を渡る。
 富士川から見える富士山は新幹線に乗ってて見える富士山の中で好きなのに、なぜ広重はこの川から見える富士山を描かなかったのだろうか??
 と不思議に思う。
 たとえ富士山が見えなくても、わりと川を描いているのに、富士川が省略されたのは何故なんだろう。
 さらに言うと、有名な話だが
 蒲原に描かれる「夜之雪」も、温暖なこの地では雪が滅多に降らないとか。
 富士川を省略し、フィクションの蒲原の地を描く理由とは・・・・・
 なんて謎は深まるばかりですが、この蒲原は今も宿場町の面影を残す町並みで、わりと気に入りました。
 










2011年3月29日16時39分着。
吉原から11km




















そして、この町にあったパン屋さんで明日の朝食用のパンを購入。
清美軒


















清水区蒲原3-2-14

東海道五十三次をツーリング14(原-吉原)

原の千本松原沿いをしばらくバイクで走る。
松並木が多いのは、旅人から夏の日差しや冬には風雪を守り、かつ松が塩分に強いからという理由があり、さらに松の木が目印になるから
という理由らしい。
確かに、ボクも道に迷った際、遠くに松並木が見えると、あのあたりじゃないか??
と何度か松並木には助けられた。

あまり交通量もないまっすぐな道なので、かなりスピードが出る。
スピード違反で捕まりたくないが、先を急がねばならないので
間をとってそこそこスピードを出して行くと
右折をして北上していくと
原から10.5kmの所に
吉原の「左富士神社」がある。
2011年3月29日16時10分到着。











到着したが、左に富士が見えるわけでもなく、気分も滅入る。
神社の境内にある公園で遊んでいる子供が
元気よく
「こんにちはー」
って言ってくれたのが、ちょっぴり元気回復になったことと、この神社にトイレがあったので利用させていただいたのは感謝です。

東海道五十三次をツーリング13(沼津-原)

沼津から原までは6kmほど。
2011年3月29日15時48分到着。
さて写真を撮ろう・・・・と思っても、肝心の富士山が見えない。
いったいどの方向を撮ればいいのか分からず、道路沿いの千本松原を歩いていたら
その松原を老人が歩いていたので
「すみません、富士山はどの方角に見えますか?」
と訪ね
その方角を見るも、やはり天気良すぎて見えない。



















ここは日本の名勝ランキング1位になるほど富士山がよく見える場所だっていうのに・・・・
かなり悔やまれるが
寒くて富士山見えるのと、暖かいけど富士山見えないツーリングとどっちがいい?
って自問自答をし
やはり暖かい方がいいです。
と自分に言い聞かせ
富士山の見えない風景を撮影












まぁ・・・・富士山はいつでも見れるからイイや・・・・

理由にならない理由で自分を納得させて出発。

東海道五十三次をツーリング12(三島-沼津)

2011年3月29日15時30分に沼津に到着。(三島から8.2km)
日本橋を出発して6時間で沼津です。
実はバイクでツーリング。これまで西方面にバイクで来た事あるのは、この沼津まで。
なのでここから先がいよいよ初めて走る道なわけです。











狩野川沿いのあゆみ橋から撮影。

2011年4月3日日曜日

東海道五十三次をツーリング11(箱根-三島)

峠を一気に下り三島へ
距離でいうと20キロくらいなのですが、ほとんどが峠の下りなので楽しい。
今回の旅の中で一番楽しい道です。

三嶋大社は行ったことがないので、正直境内に入りたかったのですが
ここもやはり時間無いので省略。

2011年3月29日15時07分着
箱根から19.8km













この辺りから西日が強くなってきました。
日没までに何処まで行けるのやら・・・・

東海道五十三次ツーリング10(小田原-箱根)

 小田原から箱根へ
 難所の峠もバイクならなんのその。 
 というかむしろ峠は楽しい。
 なんて思っていたが、登れば登るほどに寒い・・・・
 しかも路肩に氷のかたまりになった雪が残ってる。
 もう四月だっていうのに雪かよ・・・・

 芦ノ湖畔に着くと、箱根神社をチラッと見て
 その後に関所跡地に
 関所の手前に茶屋があったので、そこで500円出しておでんを食べる。
 寒く凍えた身体に温かいおでんは何とも美味しい。


















その茶屋から芦ノ湖の先に見えるだろう富士山を探すも、ガスッていて何も見えない。

おでんを一気に食べ、関所の写真を撮るとすぐに退散。
関所も入口を撮っただけで中には入ってないです。
さすがにそれを見る暇はない。

小田原から箱根まで21km
2011年3月29日14時24分着